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続・グルメ企画
前回に引き続き、今回もグルメ企画をお送りします。

ある日、学校の近くで火事が起きました。

オレはその時講義を受けていたので、

「やたらサイレンが鳴っているなぁ。」

くらいの気持ちでいたんですけど、友人が

「寺が燃えている」なんて言うもんですから

何故、寺が燃えるような事態が起きたのか友人達と考えてみました。
そこで浮かんだのが坊主のバーベキューでした。

おそらく、坊主達は朝から焼肉でもやっていたのだろう。

寺が燃えるくらい豪快に・・・。

午前中は寺を燃やしながらの直火焼きを、

鎮火後は宴もたけなわ、燃えた木材で炭火焼きを。

さらには、線香の煙で燻製を楽しみ、しめはご飯モノを

焼けた墓石で石焼ビビンバを楽しんだのだろうと。

文字が彫られた部分で焼けばおこげも作りやすいのだろうと。

さらに、焼け跡に芋を埋めて焼き芋を堪能できる。

なんてグルメなんだろう・・・。

実に楽しそうではないか・・・。

井戸端会議はさらに飛躍して、寺で焼肉パーティーのルーツに辿り着いた。

[寺院での焼肉パーティーのルーツ]

今確認されている中でそのルーツを辿ると、戦国時代まで遡る。

一般に我々が学んできた歴史とは異なる事実が明らかになったのだ。

その先駆けとなったのが比叡山延暦寺の炎上だ。

史実では、信長による虐殺説が綴られているが、実はそうではない。

あれは、延暦寺の焼肉パーティーに過ぎなかったのだ。

当時、新しいモノに目がなかった信長は、豪快な焼肉パーティーに招待されなかったことで延暦寺側と犬猿の仲ではあったが、虐殺などは一切なかったとされている。

噂の一人歩きだったのだ。

同じような事例が、かの有名な本能寺の変だ。

その前に、何故信長が本能寺に滞在したのかについて書いておきたい。

当時、配下の秀吉が備中を攻めていた。

そこで秀吉は水攻めをしていたのだが、この水攻めでは、敵城を水で囲み、そこで魚釣りをしていた。

城内では自分も魚釣りをしたいという兵士が次々と増え、士気は下がり、落城は時間の問題となった。

余裕のでてきた秀吉は、この魚釣りの場に君主の信長を招待した。

魚釣りを楽しみに信長は備中へ向かったのだった。

道中、待ちきれない信長は、付近にあった本能寺で焼肉の宴を開いた。

そこに招待されたのが不運の武将・明智光秀だ。

しかし、光秀はまだ本能寺から離れた位置にいたので、途中出席ということになった。

先に宴を始めていた信長はあまりの楽しさにはしゃぎ過ぎて自ら炎で退路を断ってしまった。

つまり自業自得だったのだ。

そんなこととは露知らず、光秀は宴を楽しみにして本能寺に到着。

しかし、楽しいはずの焼肉パーティーは惨劇の場と化しており、さらに光秀は信長殺害という無実の罪まで着せられてしまった。

信長の仇という面目でまんまと天下を治めたのが秀吉だ。

彼は魚釣りを楽しみ、本能寺で炭火焼きまで楽しみ、あげく天下まで手に入れたにくい奴なのだ。

さらに、朝鮮出兵についても真実が明らかになった。

これまで焼肉、焼肉と書いてきたので忘れがちだが、当然墓石焼ビビンバも行われていた。

そこで秀吉は、現在で言う“本場・韓国の味”を求め朝鮮半島へ向かった。

当時の朝鮮人は、日本のビビンバは本場のモノとは異なるが、なかなかの味であり、地元の客を日本のビビンバに取られると感じ、敵対心を覚えたのだ。

我々が学んだ歴史とは全く異なっている。

このことから、秀吉はかなりのグルメ愛好家だということがよくわかる。

*この話はフィクションです。
 なお、火事が起きたのも寺ではなかったようです。
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2012/11/24(土) 01:22:32 |
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